先日、以下の中国語の勉強法に関するブログを書いていてふと思い出したことがある。記事の中でも触れたが、私は中国の大学で日本語学科を専攻していた2人の大学院生から中国語のレッスンを受けていた。
その中の一人が山東省出身の先生で、彼は民間伝承の話を好み、レッスン中に度々中国の伝承の話をしてくれた。
特に中国の怪異伝承が印象的だったので、私自身も深く探求してみた。
10月31日のハロウィンが近づいているということもあり、今回はアジアの民間伝承、バナナ(厳密にはバショウ科)に関連する妖怪の話をシェアしたいと思う。
中国のバナナに潜む妖怪
中国には「芭蕉精(Ba Jiao Jing)」、またの名を「芭蕉鬼(Ba Jiao Gui)」と呼ばれるバナナの木に住む妖怪が存在する(「香蕉鬼(Xiang Jiao Gui)」ともいう)。その姿には様々な諸説があるが、一般的には若い女性の姿の妖怪とされ、夜になると現れると言われている。
伝説によれば、この妖怪はかつて美しく若い女性であった。しかし、ある日山賊に遭遇し、悲しい運命に見舞われて命を失った。彼女の両親は、彼女の亡骸をバナナの木の下に埋葬した。その結果、彼女はこの世に強い未練を抱え、妖怪として転生したのだ。
月明かりの夜、彼女はバナナの木から姿を現し、自らの命を奪った山賊の血を求めて彷徨う。また、バナナの木に赤い紐を結びつけることで妖怪を呼び起こすことができるとされる。その紐のもう一方の端を敵の家に置くと、妖怪はその紐に導かれ、敵の家を訪れると言われている。
なお芭蕉(ばしょう)は、バナナに似た実をつける繊維作物で、厳密にいうとバショウ科に属するバナナの仲間である。ジャパニーズバナナとも称されるが、その実は小さく、食味に劣るため、十分に熟していないと食用には適さない。そのため、主に観賞用として栽培されることが多い。
芭蕉の原産地については、中国説と琉球説がある。特に琉球諸島では「芭蕉布」といって、古くから芭蕉の葉を用いたテーブルクロス、着物、紙などの工芸品が製作されており、これは現在も沖縄県の伝統工芸として親しまれている。
ちなみに、俳句の大家として知られる松尾芭蕉の「芭蕉」はこの植物からの名前を借りた筆名であり、彼の本名は松尾忠右衛門宗房(むねふさ)である。
マレーシア、インドネシアのバナナに潜む妖怪
さて、これを読んでいる方がマレーシア、もしくはインドネシアに詳しい方なら、思うかもしれない。「あれ、この妖怪、こっちの地域にもいたような・・・」
実際、中国の芭蕉精と多くの類似点を持つ妖怪がマレーシア、インドネシアにも存在する。
この妖怪はマレーシアで「ポンティアナック(Pontianak)」、インドネシアでも「ポンティアナック(Pontianak)」もしくは、「クンティラナック(Kuntilanak)」として知られている。
ポンティアナック(Pontianak)の名前の由来は諸説あるが、一般的には、マレー語・インドネシア語の「Perempuan(女性)」、「Mati(死)」、そして「Anak(子供)」の組み合わせに由来すると言われている。
クンティラナック(Kuntilanak)の「クンティ(Kunti)」という単語の由来は判然としない。
一つの見解として、インドネシアに居住する客家系華人の言葉、客家語から由来しているとの説が存在する。詳しくは後述するが、インドネシアには「ポンティアナック(Pontianak)」という名前の地域がある。
この地域の住民の大部分は潮州系華人または客家系華人だ。客家系華人はこの土地を客家語で「Khuntîen(クンティエン、普通話で坤甸=Kōn diān)」と称している。「Khun」は「地球」や「女性の原理」を意味するとされ、これは中国の占い「八卦(Bāguà)」から派生した言葉と言われる。「tîen」は「官僚や役人が住む集落」という意味を持つ。
もう一つの見解として、「Bunting」(赤ん坊をくるむ布)と関連があるとも指摘されるが、これも確定的なものではない。「anak」はPontianakと同様に「子供」を指す。
この妖怪の特徴も諸説あるが、一般的には白いドレスに身を包み、長く黒い髪の美しい若い女性として描かれる。中国の芭蕉鬼と同じく、復讐心に燃える吸血妖怪としての姿が多く描写されている。
この妖怪の生前の背景には主に2つのストーリーがある。ひとつは妊娠中や出産中に命を失った女性、もうひとつは暴漢の手にかかり命を奪われた女性の物語だ。
前者の場合、妖怪は主に妊婦に取り憑き、その血を吸う。また、流産を引き起こすこともある。
後者の場合、その美しい容姿やプルメリアの花の香りを武器に男性を誘い込み、真の恐ろしい姿を現して彼らを攻撃する。鋭い牙や爪で彼らの内臓を引き裂き、復讐を果たす。
この妖怪が共通して持つ特性として、日中はバナナの木の中に隠れ、満月の夜に姿を現すことや、美しい外見とプルメリアの香りが挙げられる。また、妖怪の笑い声が大きければ遠くに、小さければ近くにいるとされる。
撃退法については、釘や針など鋭利なものを用いて体に刺すことらしい。その部位は地域によって異なる。
例えば、マレーシアのある地域では妖怪の首の後ろにある穴に釘を刺すと撃退できると言われている一方、インドネシアのある地域では頭頂部を狙う必要があるとのことで地域によって異なる。
さて、インドネシアのカリマンタン島、西カリマンタン州には「ポンティアナック(Pontianak)」という州都が存在する。
この州都の名前の由来には3つほど説がある。この地には18世紀後半から1950年まで「ポンティアナック王国」というマレー・イスラムの王国が存在していた。この王国の創始者、アブドゥルラフマン・アルカドリーが宮殿の建設地を選定する過程で、前述のような幽霊と戦って撃退したとされ、この出来事が土地の命名の背景となったと言われている。これが現在ポンティアナックの地名の由来としてよく語られる説である。
ここまでマレーシア・インドネシアのバナナに潜む妖怪について触れてきたが、近隣諸国のブルネイ・ダルサラームやシンガポールにも同じような伝承がある。
さらに、フィリピンには「ティヤナク(Tyanak)」という名の似た妖怪がいるが、これは赤ん坊の姿をした妖怪とされる。Tyanakの起源としてはフィリピン南部のミンダナオ島が最も有力だ。
私は、15~19世紀にこの地域に存在したある王国から伝播した伝承ではないかと考えている。詳しくは別の機会に説明するが、現在のフィリピン南部のミンダナオ島西部やスールー諸島、そして現在のインドネシアやマレーシア領のカリマンタン島(ボルネオ島)東部は、以前イスラム系の「スールー王国」という一つの国だった。このような背景を踏まえると、そこから他の地域へも伝承が広がった可能性があると勝手に考えている。
タイのバナナに潜む妖怪
タイの民間伝承にもバナナに潜む妖怪がいる。その名前は「ナン・タニ(Nang Tani)」と言う。
ナン・タニは、芭蕉鬼やポンティアナック(クンティアナック)に似て、若く、黒髪の美しい女性の姿をしていて、満月の夜にバナナの木から姿を現す。しかし、彼女は緑色のタイの伝統的な衣装を身に纏う。
女性を虐待するなど不当に扱う男性に復讐する特性は共通するが、普段は穏やかで、特に芭蕉鬼やポンティアナック(クンティアナック)と異なり、慈悲深い性格をしている。通りすがりの僧侶に食べ物を差し出すことや、困っている人に住居を提供することがある。この性質から、妖怪というよりは森の精霊といった存在に近いかもしれない。
地元の住民は、ナン・タニが住んでいるとされるバナナの木を軽々しく伐採しない。木を切ると災厄が訪れると信じられており、そのために線香やお菓子などの供え物が捧げられたり、上の画像のように絹布が巻かれることがある。
ナン・タニはタイの人に愛されており、お守りやLineのスタンプにされるなどしている。
なお、ナン・タニが潜むのは厳密にはバナナの木ではない。バナナの仲間で同じバショウ科に属するプランテンという木の群生である。プランテンは料理用として使われるため、クッキング・バナナとも称される。タイ語では「クルアイ・タニ(Kluai Tani)」とも呼ばれる。
ちなみに、タイの隣国のカンボジア、そしてラオスでも同様の民間伝承が存在する。
この民間伝承の起源はどこなのか?
ここまで中国や東南アジア各国のバナナに潜む妖怪や精霊の民間伝承を紹介してきた。多くの共通点や類似点が発見できたかと思う。
さて、ここで注目したいのは、この民間伝承の起源だ。いったいこの伝承はどこから来たのだろうか?
一つの説として、現在のインドに存在する「ヤクシニ(Yakshinis)」や「ヤクシ(Yakshis)」という女性の自然精霊が起源であると言われる。
ヤクシの起源は非常に古く、はっきりとした起源は不明だ。ただ、ヴェーダ時代(紀元前1500年-前500年頃)にヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教に取り込まれたことは知られている。
この精霊は多くの宗教に取り入れられ、インド国内の様々な地域に伝わった。カシミール地域のイスラム教徒の民話やインド北東部のある部族の伝承にもヤクシの存在が見られる。
多くの場合、慈悲深い精霊や守護者として描かれる。しかし、南インドのタミル・ナドゥ州やケララ州では、復讐するヤクシの物語が存在する。
この中には、芭蕉鬼やポンティアナック(クンティアナック)のように男に殺害された若い女性が、復讐するためにヤクシに生まれ変わり、美しい容姿で男を罠にはめ血を吸う物語がある。
南インドの「カンジロットゥ・ヤクシ(Kanjirottu Yakshi)」の伝承がその例だ。
こうしてインドで生まれ、派生した伝承は、歴史を通じて中国や東南アジア諸国との交易や交流を通じて広まった。
その後、各地の環境、土着の思想、道徳、アニミズムと結びつき、時間を経てその地域特有の伝承として成立したのではないかと推察している。
民間伝承で繋がるアジア
ちなみに日本にも同様にバナナ(バショウ科)に潜む妖怪がいるのはご存知だろうか。中国と同様に「芭蕉精(ばしょうのせい)」と呼ばれる。
特に江戸時代の文献に、この妖怪についての記述を見ることができるそうだ。
例として、当時の琉球王国の史料には、夜に芭蕉が茂る場所を通る際、異形の者に遭遇する旨の記述がある。
さらに、「中陵漫録」という随筆には、信州のある僧侶が読経中に美女が突如現れ、誘惑を受けたが、短刀でその美女を切り付けた。翌日辺りには血痕が残されており、それを追うと、切り倒された芭蕉の木を発見するという記載がある。
インドでの伝承が、約5,600km以上離れた日本の信州にまで伝わったと考えると感慨深いしロマンを感じる(実際の距離としては、ニューデリーから長野県は5,668km、タミル・ナドゥからは6,529kmとなる)。
今回紹介したバナナに関する伝承は、アジア各地で伝えられる類似の民間伝承の一例に過ぎない。
アジア各国の友人たちと民間伝承について話すと、驚くほどの共通点が見つかることがある。伝承の起源を追いかけると、意外と遠い地域とのつながりを発見することができ、その探求自体が楽しみとなる。
皆さんも、身の回りの何気ない伝承や話を追いかけて、新しい発見や驚きを楽しんでみてはいかがでしょうか。
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*参考文献
・芭蕉布とは。空気のように軽やかな着物は、沖縄の畑から生まれる | 中川政七商店の読みもの
・Kuntilanak - Wikipedia bahasa Indonesia, ensiklopedia bebas
・what is kuntilanak ??? — Steemit
・Mengapa kota Pontianak disebut Khuntien oleh orang Tionghoa ? - Chindo Nian - Quora
・Pontianak Sultanate - Wikipedia
・What is Nang Tani (นางตานี)? – PAHUYUTH
・Kanjirottu Yakshi - Wikipedia
・Tale of Yakshis : Merging Myth and Misogyny in South Indian Narratives