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中国の未識別民族(未识别民族)について|未識別民族の魅力と多様性

photo by pixabay

先日私が書いた「私が出会ったアジアの少数民族」という以下のブログ記事で触れたように、中国には公式に56の民族が存在すると言われています。然しながら興味深いことに、この公式の数字を超える、さらなる多様性が中国には隠されているのをご存知でしょうか。

実は、数多くの「未識別民族」というのが存在しており、これらの民族は公式統計からはカウントされていないものの、それぞれ独自の文化や伝統、歴史を持って生活しています。一部の学者は、中国には200以上の異なる民族グループが存在すると推定しています。

このブログでは、その「未識別民族」の中でも特に注目すべき5つの民族に焦点を当て紹介していきます。公式には認知されていない彼らの存在を知って、中国の多様性をもう一度感じてみたいと思います。

della-asia.hatenablog.com

1. エイヌ族(艾努人 / Äynu people)

エイヌ族は、中国の新疆地域に住む未識別のテュルク系民族グループ。中国政府からはウイグル族として認識されているそうだ。彼らは外部の人間と話す際はウイグル語を使用するらしいが、内部つまり自分たち民族同士で会話する際は独自の言語、「エイヌ語」(ペルシャ語の影響を受けている)というのを話すらしい。宗教はトルコでよく見られるイスラム教アレヴィー派を主な宗教として信仰している。エイヌ族の人口はおそらく約10,000~50,000人だそうで正確な統計はない。主にタクラマカン砂漠、天山山脈の周縁部に住んでいるとのこと。

天山山脈の位置
キリギスやカザフスタンに近い

彼らの起源に関してはいろいろ諸説があるみたいで現在もはっきりとはしていない。

1949年の中華人民共和国の樹立後、エイヌ族は独自の民族としての承認を求めたらしいが、結局ウイグル族としてカウントされることになったそうです。

彼らの主な職業は農業、畜産業、建設業で、釣りや狩猟もしている。

ちなみにウイグル族からは「アブダル(Abdal)」と軽蔑的に呼ばれているらしいが理由は不明とのことだ。なお、こういった差別的な背景から自分らのコミュニティを強く守り、外部との結婚を避けているとのこと。

2. 富裕のキルギス族(富裕柯尔克孜 / 乌裕尔河畔五姓柯尔克孜 / Fuyu Kyrgyz people)

富裕のキルギス族の人
著作者:SleppyPlace Official, CC BY-SA 4.0

File:Fuyu Kyrgyz People.jpg - Wikimedia Commons

中国の黒竜江省、富裕県に富裕キルギス族というテュルク系の未識別民族グループが住んでいるらしい。

黒竜江省の富裕県の位置

彼らと中国の西方に居住するキルギス族やキルギス共和国との関係ははっきりとしていないそう。ただ約200年前に彼らは清の政府により新疆(当時の東トルキスタン地域)からこの富裕県ら辺に強制移住させられたとのこと。

彼らは民族的にはロシア国内の「ハカス共和国(ハカシア共和国)」に住む「ハカス族人」に近いのでは?と言われている。

ハカス共和国の位置

現在の富裕キルギス族の人口は約1,400人ほど。言語は「富裕キルギス語」という独自の言語があるのだが、現在話者は10名のみ。絶滅危惧言語に指定されている。この言語は、キルギス共和国で国語とされるキルギス語とは異なり、やはりハカス人が話すハカス語に近い特徴を持つそうだ。しかし富裕キルギス語はどうやら文字化されていない言語で、ずっと口頭での伝承のみが続けられてきたとのこと。現在この言語の使用者はだいたい70歳以上の高齢者だそうだ。若い人たちは中国語(普通話)や、近隣に住むモンゴル族の影響を受けてモンゴル語族のオイラト語を話すとのこと。

生活面では、家畜の飼育や狩猟が中心。モンゴル、トルコの伝統的なユルト(テント)での生活を継続しているそうだ。

ユルト(ゲルともいう)
著作者:Yosemite, パブリックドメイン
File:Mongolia Ger.jpg - Wikimedia Commons

3. 回輝人・ウツル族(回辉人 / Utsul)

ウツル族が住んでいる地域

ウツル族は中国の海南島の三亜市近くに居住する未識別民族だ。人口は約5,000~6,000人と推定されている。彼らの祖先は元々チャム族という民族で、かつてベトナム中部にあったチャム族の王国であるチャンパ王国からやってきた。1471年、チャンパ王国は北方から大越国の黎朝という王朝の攻撃を受けており、その侵略から逃れるために明朝から許可をもらって海南島に移住したと考えられている。ちなみに結局チャンパ王国は滅びることになるが、これがきっかけで他のチャム族の人たちはベトナムに残る者、カンボジアに逃れる者、最終的にタイに移住する者などなど、様々な運命を辿った。

なお、民族名の「ウツル」の由来は明らかではない。彼らは他の国に住むチャム族の人と同様にイスラム教を信仰している。そのため、中国政府から今のところ回族(イスラム教徒の漢民族)として分類されているとのこと。

言語は独自の「回輝語(英語名:Tsat language)」を話す。この言語は他のベトナムやカンボジアに住むチャム族の人が話すチャム語(英語名:Cham Language)に近いが、意思疎通は不可能だそうだ。またこの回輝語は絶滅危惧言語に指定されている。

回輝語のYou Tube動画を見つけたので添付しておきます。興味ございましたらご覧ください。

www.youtube.com

話は変わるが、タイのバンコクにバン・クルア(Ban Khrua)という地区があるのだが、ここに行くと同じくチャム族の末裔の方々に出会える。ご存知の方もいらっしゃると思うが、彼らはタイ・シルクで有名なジムトンプソン(Jim Thompson)向けに絹製品を作っている。ここには観光地にもなっている、ジムトンプソンの家がある。

ジムトンプソンの家の位置

ジムトンプソンの家の対岸に絹織物を作るチャム族末裔のコミュニティがある。
モスクも見受けられる

4. ダマン族(达曼人 / Daman people)

ダマン族が住むシガツェ市の位置

ダマン族は、中国チベットのシガツェ市ギロン群に住む未識別民族で、現在はチベット人と分類されている。人口は190~200人と推定。"ダマン"はチベット語で「騎兵の末裔」という意味らしい。

18世紀に清とネパール王国(ゴルカ朝)で戦争が勃発。1792年に集結したが一部のゴルカの兵士が中国とネパールの国境地帯で足止めを食らい行方不明になったそうだ。結局その行方不明になったゴルカの兵はその地域に居着き現在に至るらしい。そのためダマン族は「ゴルカの子孫」と言われる。

2001年に国の調査で彼らの存在が再認識された後、2003年に中国の国籍が付与された。

ダマン族は長い間チベット人と共存してきておりチベット語を話すが、彼ら独自の言語も存在する(文字はない)。ダマン族は伝統的に鍛冶技術に卓越しているそうだ。

その他、名前の付け方や結婚の慣習には独特のルールがあり、死者に対する儀式は水葬を行う。葬儀の日取りは天体観察に基づいて決めるとのこと。

ちなみにネパールでは「タマン族」と称する民族が存在する。タマン族とはネパール、インド北部、ブータン南部に住んでおりタマン語(Tamang language)を話す(ネパール側には人口約150万人いるそう)。この「タマン」というワードはチベット語から来ているようで「タ」は「馬」、「マン」は「戦士」とのこと。彼らも18世紀の清との戦争に参加しており、どうやら行方不明になったこの民族の一部が、現在中国チベットに定住するダマン族だそうだ。

タマン族の女性の写真 
著作者:Ramesh Lalwani, CC BY 2.0

File:Tamang Girl Portrait.jpg - Wikimedia Commons

5. 開封のユダヤ人(開封猶太人 / Kaifeng Jews)

開封のユダヤ人
著作者:不明, パブリックドメイン

File:Jews of Kai-Fung-Foo, China.jpg - Wikimedia Commons

開封のユダヤ人は、中国・河南省の開封に住むユダヤ人の子孫。かつて2,500人以上の人々がこの開封ユダヤ人コミュニティに属し、ユダヤの伝統を守ってきたが19世紀までに漢民族、並びに近辺に住むムスリムとの同化が進み、ユダヤの特色をほとんど失ってきている。しかしながら現在、子孫の中に先祖の信仰を再開する動きがあるそうだ。なお、開封のユダヤ人コミュニティの起源ついては未だ明らかになっていない。

開封は北宋時代にシルクロードを通じた陸上貿易や東部海岸への河川ネットワークを中心とした商業のハブとして機能しており、ペルシャのユダヤ人商人も行き来していたとのことで、彼らの存在が発端であるとも言われているそう。

中国 河南省 開封の位置

開封のユダヤ人は中国が公式に認めた55の少数民族に属さない未識別民族である。もともと1953年に少数民族としての地位を求めたが、中国政府によって却下されたそうだ。現在公式には「漢民族」として登録されている。

彼らの文化的な書類や遺品は、文化大革命時代の紅衛兵を恐れて廃棄または焼却されたと伝えられている。残った遺産は保護の名目で開封博物館の特別室に保管されているそうだが、見ることはできないらしい。

21世紀初頭の統計では、開封には約60世帯、約200人のユダヤ人が存在するとのこと。

開封にあったシナゴーグのインテリアの図(18世紀)
シナゴーグは何回か洪水などの災難を経験し再建を繰り返した歴史がある
著作者:Pere Jean Domenge, パブリックドメイン

File:Interior of kaifeng synagogue-1-.JPG - Wikimedia Commons

彼らはユダヤの伝統的な祭りを祝うことや、宗教的な信仰を実践することはない。現在、開封のユダヤ人の中で最も広く守られている習慣は、豚肉を食べないことだそうです。

ただ、彼らはユダヤ教の知識がほとんどないが、1950年代初めの国勢調査では、多くの開封のユダヤ人の子孫が「ユダヤ人」と自身の出自を回答しているとのこと。

その他、Wikipediaによると明朝の際、ユダヤ人には艾、石、高、金、李、張、趙 の7つの姓が皇帝より授けられたそうだ。ユダヤの人の名前でStoneやGoldという名前を持つ人が多いが、これは「石」や「金」の姓と一致する。

なお、現在この開封のユダヤコミュニティにはシャヴェイ・イスラエル(Shavei Israel )という組織が再度ユダヤの復興に向けて活動をしている(以下参照)。

www.shavei.org

まだまだ知らないことが沢山あるな~・・

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!今回、これら5つの未識別民族を紹介しました。調査中に「まだ知らないことがたくさんあるんだな~」と実感しました。それぞれの民族が持つ独自の特徴や文化に、つい夢中になってしまいました。

中国には私たちがまだ知らない多くの興味深い物語や歴史が存在しています。今回紹介した未識別民族もそのほんの一例でしかないです。これらの民族の多様性と独自性は、中国の奥深さと魅力を改めて感じさせてくれます。もし興味が湧いたら、さらに詳しく調べてみてはいかがでしょうか。驚くほどの発見が待っているかもしれませんね。

 

*参考文献

・久志本裕子 / 野中葉, 明石書店(2023年), 東南アジアのイスラームを知るための64章

Unrecognized ethnic groups in China - Wikipedia

Äynu people - Wikipedia

Ainu (China) in China people group profile | Joshua Project

艾努人 - 维基百科,自由的百科全书

Are the Äynu considered Uyghurs or not? - Quora

Utsul - Wikipedia

回辉人 - 维基百科,自由的百科全书

Tiny Muslim community in China’s Hainan becomes latest target for religious crackdown | South China Morning Post

回辉人 - Pray for the Hui

Fuyu Kyrgyz people - Wikipedia
富裕柯尔克孜语 - 维基百科,自由的百科全书

The Fuyu Kyrgyz as an Ethnic Group of the Yenisei Kyrgyz | 2013, Cilt 61, Sayı 1 | Türk Dili Araştırmaları Yıllığı - Belleten

Fuyu Kyrgyz language, alphabet and pronunciation

Ancient Kyrgyz – Silk Road Research

KYRGYZ IN CHINA | Facts and Details

Kaifeng Jews - Wikipedia

开封犹太人 - 维基百科,自由的百科全书

The Jews of Kaifeng: China's Only Native Jewish Community | My Jewish Learning

The Chinese Jews of Kaifeng (and what I’ve learned from them) — The Interfaith Observer

Kaifeng, China

The Kaifeng Jews - Shavei Israel

Daman people - Wikipedia

达曼人 - 维基百科,自由的百科全书

New wishes for Daman people in Tibet_Tibet Stories_TIBET

达曼人_百度百科

http://xz.people.com.cn/n2/2021/0426/c138901-34695919.html